34歳からの数学博士

数学徒・プログラマ・一児の父

博士課程に進学しました

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3月に 東京大学大学院 数理科学研究科 修士課程を修了し、4月から同研究科の博士課程に進学しました。

3年間の振り返り

僕は3年前に数理科学研究科の修士課程に進学しました。現在34歳で一児の父です。大学院進学の前はソフトウェアエンジニアとして働いていました。学生に戻るまでの経緯は 3年前の記事 に綴ってあります。

研究テーマが決まるまで

入学後はずっと学力不足を埋めるのに必死でした。勉強と育児との両立も上手くいかず「時間が足りない…」と常に焦燥感に苛まされていました。一年半経過した辺りでこのままでは修論を書くことはできないと悟り、在学期間を一年延長する決断をしました(記事)。

その決断をしてからはある程度落ちついて勉強に取り組むことができるようになりました。趣味でやっていた「数学をコードで作る」活動も再開し、秋には iOSDC に参加したりもしました。

しかし修士論文の研究テーマは決まらないままでした。僕はプログラマをやっていたので、コンピュータが使えることが強みになるような「何か」を見つけたいと思っていましたが、それが見つけられずにいました。

修士論文が完成するまで

2018年の年明けに、先生から「結び目の Khovanov ホモロジー」というものがあると聞きました。調べてみると僕が趣味で作っていたプログラムに少し手を加えればこの計算もできそうだと分かりました。早速実装して、条件を変えたりしながら色々な例で実験してみる中で、不思議な規則性が目に留まりました。これを詳しく調べるところから僕の研究は始まりました。

同時期にもう一つ奇跡のような幸運に恵まれました。Twitter でとある「新米数学博士」の方と仲良くなり、実際に会ってみたいと思って DM で連絡を取ってみました。すると偶然にも、その方は4月から僕が所属している研究室にポスドクとして来られるというのです。彼の専門は結び目理論でした。3月から毎週僕のゼミに参加して下さり、結び目理論について何も知らない僕に色々と教えてくれて、研究に関しても多くの時間を割いて一緒に議論をしてくれました。

こうして研究が一気に進み、夏頃には一つ目の主定理が得られ、秋頃にはもう一つ困難を突破することができ、そこから Milnor 予想の別証明などいくつか良い結果が得られました。年末には論文のドラフトが出来上がり、結び目理論に関する 研究集会 でその結果を発表することもできました。

2019年に入り、1月末に修士論文を提出し、2月に論文審査を受け、3月に晴れて修了できる運びとなりました。

修士論文は「研究科長賞」を頂くことができました。この3年間、周囲と比較しないようにと気をつけつつも「遅れを取っている」という感覚はずっとあったので、受賞によってはじめて「何かはやれたらしい」という達成感を得ることができました。家族に対しても分かりやすい結果を見せることができて良かったです(何せ論文の内容を分かってもらうのは無理なので)。

4月からは論文誌への掲載を目指して論文を練り直しており、まさに今朝、論文を投稿したところです。掲載されるまでには査読を受けて受理される必要がありますが、ひとまずは投稿が済んでやっと肩の荷が下ろせたような気持ちです。

こちらが論文のプレプリントです。

改めて

3年間を振り返って、熱心に指導して下さった先生、一緒に議論してくれた先輩方、Twitter でいつも仲良くしてくれる皆さん、僕を信頼しサポートしてくれる家族に、深い感謝を感じています。

2年目の秋頃、まだ研究テーマも決まっていない頃に、先輩数学者でありブログ「インテジャーズ」の著者であるせきゅーんさんとお会いをする機会がありました。そのとき、せきゅーんさんは博士論文を書いたときのことを振り返りながら、 「たとえ数学的には ε でも、自分で見つけた定理には格別の思い入れがある」 と熱く語ってくれました。

そのときは「僕もそんな風に修論が書けたらいいなぁ」と憧れを抱くだけでしたが、今はその気持ちが分かるような気がします。定理を証明できた瞬間の喜びや、40ページの論文の厚みに対する感慨は、他の何物にも替えられません。

僕の人生の中で「数学の論文を書く」という経験ができて、本当によかったと感じています。

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主定理を証明できた瞬間

D進を決意した理由

博士課程への進学については、はじめからそうしようと決めていた訳ではありませんでした。最終的に決意したのは昨年末、論文を arXiv にアップロードして研究集会での発表を終えたときのことでした。決意の理由は以下の通りです:

  • 論文の主定理は何日も黒板の前で唸り悩んだ末に証明できた。自分なりに「それ」が少し掴めた気がした。
  • 3年やって「ひとまず満足」するかなとも思ったが、論文の結果はまだ拡張できる気がするし、まだ「完全に見えた」感じがしない。
  • 数学の重要性が再認識されている世の流れの中で、この先どう生きるにせよ博士号の取得は確実に有利になる。
  • 博士課程では週次のセミナーもないし、また在学期間を延ばす可能性を受け入れれば仕事と両立できるかもしれない。
  • 妻が「大変だったけど、結果的には学生になってくれて良かった」と言ってくれた。

学業と収入の両立

これまでは僕の貯金と妻の収入だけでやりくりしてきましたが、もう3年間それを継続するのは厳しいのが実情です。社会人ドクター制度を設けている会社に入るとか、フリーランスエンジニアとして仕事を受けながら研究もするとかも検討してみたのですが、それでは研究との両立は厳しいと感じました。

最大の難点は 拘束時間コンテキストスイッチの心的負担 です。僕はマルチタスクが得意なタイプではありません。特に数学は深い集中状態の中でないと取り組むことができません。その状態から無理やり抜けて、別の仕事に取り掛かるのは、頭に生えた樹木を根っこから抜くようなストレスを伴います。

研究と仕事を両立するには、仕事に取り組む期間や分量を自分でコントロールできる必要があると考えました。そこで3月は一旦研究から離れ、そのような仕事の可能性を探るために色々とやってみました。

一般向けの有料勉強会

3月中旬に「プログラマのための線形代数」を開催しました。有料の勉強会は未経験でしたが、 Twitter での告知 から始めて、30名を超える参加者にお集まり頂くことができました。会場は Twitter での呼びかけ に応じてメルカリさんが貸して下さいました、ありがとうございます。

一般向けの勉強会は、今後も適当なタイミングで時間を作って開催して行こうと思います。また、ご要望があれば、企業向けにプライベートな勉強会を開くことも検討したいと考えています。

勉強会の振り返り記事はまた改めて書きます。

オンライン動画講座(未遂)

上の勉強会で作った資料を元に、オンラインの動画講座を作ろうと考えました。動画なら一度作ってしまえば、あとは置いておくだけで収益が得られることが期待できるからです。ですが、実際にやってみると動画制作は想像をはるかに超えて大変で、3月中の公開は断念せざるを得ませんでした。

夏頃の公開を目指して、少しずつ作業を進めて行こうと思います。

月額クラウドファンディング

学術系クラウドファンディングサイト academist」で ファンクラブ (月額制クラウドファンディング)を作りました。こちらは現在44名もの方からご支援を頂いています、本当にありがとうございます。金銭的な支援だけでなく、皆さんから頂いたコメントは本当に励みになります。

社会人の方で大学/大学院に戻って専門知識を身に付けたいと考えている方は増えているようですが、生活に必要な収入学業に必要な時間 のトレードオフは重大な問題です。今後「学術系クラウドファンディング」は、この困難を突破しうる新しい道になるのではないかと夢を感じています。

学業と育児の両立

学業と育児の両立は、本当に大変です。この3年間の苦労は、大学の受験勉強の苦労や、会社員時代の苦労とは比にならないものでした。前にも引用しましたが、数学科の大学院生に求められる数学に対する姿勢とは次のようなものです:

朝起きた時に,きょうも一日数学をやるぞと思ってるようでは,とてもものにならない。数学を考えながら,いつのまにか眠り,朝,目が覚めたときは既に数学の世界に入っていなければならない。どの位,数学に浸っているかが,勝負の分かれ目だ。数学は自分の命を削ってやるようなものなのだ。

数学は体力だ!」より

これは幼い子供がいる場合は不可能です。そして育児は仕事と違って「期間を区切ってまとめてやる」ということはできないので、研究に没頭することは諦めざるを得ません。しかし子供がいることを「不利」なことだと考えてしまうのは何よりも不幸なことです。そもそも研究の第一線を突っ走るために大学院に戻ってきたのではありません。だから、

「数学も家庭もどちらも大切。それを両立することの苦労も含めて、今は多くのことを学んでいる」


と納得することにしました。

ちなみに、うちは夫婦の実家が共に都内で、特に妻の実家にはかなり育児のサポートをしてもらっています。それなしに、この3年間を乗り切ることはできなかったでしょう。

「学び直し」を検討している方へ

ここまで読んで下さっている方の中には、学び直しを検討している社会人の方や、一度就職してから再び研究の道に戻ることも視野に入れている学生の方もいるのではないかと思います。そういう方々にとって僕の経験が参考になればと思うのですが、経済的な状況、生活や家庭の環境、選考分野、仕事との両立可能性など、人それぞれ状況は異なるなので「これをやれば上手くいく」というようなアドバイスはできません。

代わりに、まず受験時の僕の状況を書いた上で、僕自身が気をつけていたこと、これをやっていて良かったと思うこと、こうすべきだったと後悔していることを、区別せずに列挙してみようと思います。皆さんの状況と照らし合わせて、参考にして頂ければと思います。

僕の状況

  • 妻と子供の三人暮らし
  • (当時は)夫婦共にフルタイムの会社員
  • 子供は保育園に通っている
  • 夫婦の実家は共に都内
  • 学業への理解は両家庭ともにある
  • 3年間分の貯金はあった

受験前

  • 大学院を受ける前に研究室を色々と調べ、面談して話を聞きに行こう
  • 配偶者や親族とは十分にコミュニケーションを取った上で受験に臨もう(気持ちでゴリ押ししてはいけない)
  • ちゃんと資金計画を立てよう(在学期間が所定年数を超える可能性も考慮しよう)

合格後、入学前

  • 指導教官には研究にどの程度時間が割けるかしっかり共有しておこう
  • 学生になる前に、社会人でなきゃできないことを済ませておこう(住宅ローンやクレジットカードの登録など)
  • 退職する場合には、その先も職場の人に応援してもらえるように良い別れ方をしよう

入学後

  • 指導教官とは定期的に顔を合わせ、困っていることなどは共有しておこう
  • 学力不足は誤魔化さず、学部生向けの講義に出るなりしてキャッチアップしよう
  • 若い学生と接する時は年齢や学年に関係なく「敬語・さん付け」で行こう
  • プレッシャーに押しつぶされないように、自尊心を回復できる場が大学の外にあると良い
  • 子供が風邪を引いたりインフルエンザにかかるリスクに備えて、論文は早めに完成させよう

最後に

僕のこの先のチャレンジを応援して下さる場合は、下記リンクからご支援を頂けますと助かります。月300円からのご支援で、お返しには今後書く論文やブログ記事で謝辞を述べると共に、サポーターの皆さんの名前(ユーザ名)を記載したページへのリンクを記載させて頂きます。

僕にとってのトポロジーの魅力を専門でない方に向けて書いたので、そちらだけでも見て頂けたら嬉しいです。

academist-cf.com

それでは、最後までお読み頂きありがとうございました。
博士号取得に向けて頑張ります🎓


昨年末に 学部・院生のための研究キャリア発見マガジン incu・be さんからインタビューを受け、大学院進学から研究までの経緯をまとめて頂きました。

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過去の記事

「松森さん歓迎&数理学院立ち上げ記念セミナー」イベントレポート(動画&資料つき)

4/14(土)「松森さん歓迎&数理学院立ち上げ記念セミナー」を開催しました。

大阪で数学教室和の大阪教室長をされていた松森至宏さんの上京と、数学を専攻する大学院生・研究者によって設立された新しい数学塾 数理学院さん の開校がタイミングよく重なったので、 親睦するなら飲みよりセミナー というコンセプトで企画が始まりました。

ガチ数学とだけでなく一般の数学好きの方にも楽しめるイベントにしたい、それと同時に内容的にも妥協のないものにしたい、という意識を運営メンバーで共有していました。当日の雰囲気や Twitter の盛り上がりを見る限り、この目標は達成できたと言っていいんじゃないかと思っています😁

講演動画 & 資料

1. 特性類の気持ち - 佐野 岳人

www.youtube.com 資料: 特性類の気持ち

2. 超限帰納法で面白い「図形」を作る - zhanpon

www.youtube.com

3. とある無限積 = 無限和タイプの等式について - 中澤 俊彦

www.youtube.com 資料: とある無限積=無限和タイプの等式について

4. 組合せゲーム理論への招待 - 安福智明(数理学院)

www.youtube.com 資料: 組合せゲーム理論への招待

5. 3次元ホモロジー同境群について - モース関数

www.youtube.com 資料: 20180414_微分形式でGauss曲率を計算する

6. Black-Scholesの面白さ - いとう

www.youtube.com 資料: Black-Scholesの面白さ

7. 微分形式でGauss 曲率を計算する - 松森 至宏

www.youtube.com 資料: 20180414_微分形式でGauss曲率を計算する

8. ランダムとはどういうことか? - ひじてぃ

www.youtube.com

9. 「ガロア表現」を使って素数の分解法則を考える - tsujimotter

www.youtube.com 資料: 「ガロア表現」を使って素数の分解法則を考える #mathmoring

10. 結び目と現代数学 - ルシアン

www.youtube.com 資料: Dropbox - 松数セミナースライド(ルシアン).pdf

※ 講演者のご希望により、動画を公開していないものもあります。ご了承ください。

感想など

ある研究集会に参加したとき お菓子募金箱 が置かれていて、これは良いアイディアだと思って今回のセミナーでもやってみたところ、お釣りが出るぐらいの募金を頂きました(次回に向けてストックしています)。イベントで参加費を回収するのは手間だし、それぞれの金銭事情に合わせて募金できるというのは良いと思うので今後もそうしようと思います。

次回はまた 1 年後、僕がちゃんと修了できたらやるかもしれません!

参加してくださった皆さん、講演してくださった皆さん、どうもありがとうございました😆

ツイートまとめ、ブログなど

togetter.com

blog.goo.ne.jp

blog.515hikaru.net

lyricalmaestrojp.hatenablog.com

おとうさんであるということ

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幼稚園の頃の苦い記憶がある。 

 

先生が「将来なりたいもの」を順に聞いていき、僕は「おとうさん」と答えたところみんなに笑われたので、慌てて周りに合わせて「光GENJI」に直した。

 

幼少の記憶なので作り話がすり替わっただけかも知れないが、それを忘れずにいる程には「おとうさん」への憧れ(とそれを偽った悔い)を感じていたらしい。 

 

いま三歳の子供のおとうさんになれて、やはり自分の幸せはそこにあったんだと感じる。娘の安らかな寝顔を見るたび、お迎えのとき笑顔で駆け寄ってくるたび、家でひょうきんをして笑わせてくれるたびに思う。

 

それまで何をやるにも感じていた「この先に自分の幸せはあるんだろうか?」という疑念はもうない。

 


 

子供の成長を観察していると学ぶことが色々とある。

 

去年の今頃はイヤイヤ期真っ盛りでストレスが多かった。娘が「アレ」と指をさしたものが分からずに「どれ?」と聞き、「アーレ!」「どれよ、これ?」と繰り返すうちに怒って泣き出すようなこともよくあった。

 

次第に一人で出来ることや言葉で伝えられることが増えてくるにつれイヤイヤも落ち着いてきた。「アレ」で分からないときは「何色?」とか「どんな形?」とか聞けば適切に答えられるようになった。

 

ハイハイからつかまり立ちをして歩けるようになった過程や、イヤイヤ期を経てたくさんの言葉や行動を体得していった過程では、何かしら「できるようになりたい」という意識の芽生えがあり、「できない自分」との葛藤の中でアレやコレやともがき、ついには「できる」状態になっている。

 

成長とはそういうものなのだろうと、学生に戻ってからの自分の経験も重ねて思う。

 

先日ある人から「3歳児向けの学習ドリルがある」と教えてもらい試しに買ってみた。ペラペラめくってみて、割と難しいことをやらせるんだなぁと驚いた。「同じ種類の動物」という同値関係で商集合を作らせるような問題もある。しかしコツを覚えるとできるようになるので感心する。

 

「勉強する?」と聞くと「うん、勉強する」と言って膝に乗ってくる。集中力は長く続かないが、勉強を楽しんでくれているのは嬉しい。二人で並んで勉強できるようになれたら幸せだが、無理にやらせて嫌いにさせないようには気をつけている。

 


 

子供がいてくれることはありがたい。「可愛くて幸せ」ということもあるが、それだけではない。

 

子供にとって「いいお父さん」であるためには心身ともに健康でなければいけないし、安定した収入も必要だ(いまは無収入だが)。子供に充実した人生を生きることを促せる程度には自分の人生も充実していないといけないし、間違ったことを「間違っている」と教え諭せる程度には自分も正しい人間でなければいけない。

 

これらを充足させるのは簡単ではない。しかし目指すに値する納得的な指針があることが大切だ。評価は分かりやすく、子供が幸せそうにしているかどうか。娘の笑顔を鏡にして、自分の人生の軌道修正ができる。

 

20年スパンの長期目標があるのは良い。

 


 

育児をしながら大学院生をやるのは苦労も多い。

 

今月は娘がインフルエンザにかかって大変だった。熱が下がっても5日間は自宅待機せねばならないので夫婦交代で面倒を見た。期間が過ぎやっと保育園に行けると思った矢先、二度に渡って熱を出し、しかも夫婦にも感染ってしまい散々だった。年内にはここまでやろうと決めていたことが全部ダメになった。

 

学業に専念する上では障害も多いが、それも含めて生き方を学んでいると考えれば、これまで生きてきた中で最も学びの多い時間を過ごせている。そう考えると「父親も育児にコミットして当たり前」という時代に親であれるのは幸いなことだと思う。自分のためにも、子供との関係性の上でも。

 

今の僕の生き方を許してくれている妻にも常に感謝している。

 


 

昨年末から今まであっという間だったことを思うと、来年の今までもあっという間なのだろう。

修士論文は書けているだろうか。

来年もいい一年にしたい。